英国ブレグジット3年間の流れ

英国ブレグジットが混迷する3年間の経過を記録します。

●2016年

・2月 キャメロン元首相により、EU離脱国民投票実施を決定

・6月23日 EU離脱国民投票で離脱が決定 賛成51.8% 反対48.11%

・7月13日 キャメロン元首相辞任

キャメロン元首相が大衆の合理性を過大評価しすぎて大誤算。このころ米国でも「壁を作るのは?」「メキシコー!!」と大盛り上がり。民衆が無知だと民主主義はまるで使えないことが露呈した2016年。

●2017年

・3月29日 リスボン条約50条に基づきEUに離脱を通告

・6月8日 前倒し総選挙をするが、保守党は過半数を維持できず

・11月9日 英国がEU離脱日時確定

・12月8日 英EU、離脱条件について大筋合意

過半数を長期安定させ、一気に離脱に向けて加速したかったメイ首相が失敗。結果、議会で可決できない混迷が始まる。

●2018年

・7月6日 メイ首相、チェッカーズプラン決定

・7月8日 デービス離脱担当大臣辞任

・7月9日 ジョンソン英外務大臣辞任

・11月16日 ドミニクらーぶ離脱担当相、マクベル労働年金担当相辞任

・12月12日 メイ首相に対する不信任投票否決

・12月13日 EU首脳会議・メイ首相と離脱協定案に合意

空気を読んで逃げる人が続出、首相の後釜もやりたくない。
そんな2018年。

●2019年

1月15日 メイ首相がEUと合意した離脱協定案が英議会で採決され否決

1月16日 内閣不信任案が採決され否決

1月29日 EUとの再交渉を目指すメイ首相の方針を英議会が支持

2月29日 メイ首相のEU離脱代替案が否決

3月11日 メイ首相と欧州連合(EU)のユンケル欧州委員長がアイルランド国境問題の見直しに向け合意。

3月12日 バックストップに法的根拠を裏付けたEU離脱代替案が英議会で否決

3月13日 英議会が合意なき離脱の回避を可決

3月14日 EUに6月末までの期限延長を求める

3月21日 EU首脳会議、メイ首相の延長要請を却下 4月12日までに具体的な離脱方針を要求

3月27日
英議会、離脱時期を当初の29日から4月以降に延期することを決定。メイ首相は離脱案を可決したら辞任すると表明。議会では27日、親EU派の発案で、メイ首相の離脱案に代わって過半数の支持を集める選択肢を探す投票が行われたが、8案いずれも否決。

3月29日
可決できれば辞任と言っていたメイ首相の離脱案の再々採決が否決(これで可決していれば5月22日に円滑な離脱。しかし否決されたため、4月12日までに新方針を出すか合意なき離脱となる。

首相が辞職する覚悟をしても、議会が自由に代替案を検討しても、なにをしても多数派を形成できる案をまとめられない。

FRBによる見解

パウエルFRB議長は、1月や3月の会見で、合意なき離脱でもショックはおそらく起きないとの意見を述べています。しかし、その根拠を具体的に質問した記者に対しては、金融機関の資金が潤沢にあること。をあげています。おそらくシステミックリスクは起きないと思いますが、理由としてはやや弱い気もします。